第16話 天空の巨城 後編
爆音を背に走り続ける一行の目の前に、転送円が見えた次の瞬間、間に割って入るように、ウルファが瞬間移動してきました。
ルイン 「貴様はッ!」
ウルファ 「あの基地で全滅するものと思っていたが、どうやら過小評価だったようだな。貴様らの始末は俺がつけよう、こい。」
ルイン 「望むところだ! 今度こそ貴様を討つ!」
ミュー 「もう負けない。」
グレン 「ちょ、ちょっと皆さん、正気ですか!? さっさと脱出しましょうよ!」
レイム 「いやー、なんかアタイもムシャクシャしてるし。やってもいいんじゃない?」
グレン 「や、やれやれ…まったく困った人達ですね。 (ふざけんなーっ!!)」
ウルファ 「今回は本気で相手をしてやろう。祈る時間もやらん。この世に多くの悔いを残して死に絶えろ!」
こうして、崩れゆく戦天城の中で、ウルファとのリターンマッチが始まりました。
先制したグレンが<呪文学>判定に成功し、敵がグレーター・マジック・ウェポンとシールド・オヴ・フェイスとビグビーズ・インターポージング・ハンドの効力を受けていることを看破します。即座に放たれたディスインテグレイトが、鬱陶しい力場の手を消し去ります。
しかし、ウルファはヴァンピリック・タッチを注入した斬撃でルインを斬りつけて一時的hpを得ると、スウィフト・インヴィジビリティで姿を消してしまいます。これでは反撃ができません。やむを得ず防御専念するルインとミュー。レイムはルインに対してキュア呪文を投射し、傷を即座に癒します。
グレンは行動後に姿を現したウルファに対応するため、イニシアチブカウントを遅らせます。そしてウルファは、ヴァンピリック・タッチを注入した全力攻撃を宣言。ルインに2発命中し、ウルファのhpは一時的なものも含めて200を突破。
しかし、カウントを遅らせたグレンが、高速化したマジック・ミサイルを発射した後、テレキネシスで足払いを宣言。これが見事に命中し、ウルファは肩から床に叩きつけられます! そして彼が見上げた先には、ニヤリとほくそ笑むルインとミューの姿がありました。怒涛の連撃でウルファのhpは激減していきます。
ウルファは立ち上がりに際しての機会攻撃を嫌い、スウィフト・インヴィジビリティを発動させて不可視状態のまま立ち上がり、
機会攻撃を回避します。そして即座にヴァンピリック・タッチを注入した一撃をルインに撃ち込みます。不可視状態のまま1ラウンドやり過ごし、ヴァンピリック・タッチの全力攻撃をお見舞いしていればまだ戦えたのかもしれませんが…結果的にはここが勝負の分かれ目となりました。続くグレンは、前のラウンドと同じように高速化マジック・ミサイル後に、テレキネシスで足払いを成功させ、ルインとミューが全力攻撃でフルボッコし、PC側の勝利。リベンジ達成となりました。
ウルファ 「がふっ! ばっ、バカな…っ…」
ルイン 「これで…借りは返したぞ。」
ミュー 「うん、返した。」
グレン 「いつまでも何やってんですか! 早く転送円の上に来てください!」
レイム 「ちょ、急ぎな! そろそろマジでヤバそうだよ!」
こうして、戦天城から寸でのところで脱出した一行。辿り着いた先は、ゴールが研究用に使っていた小さな屋敷でした。部屋は2部屋しかなく、片方は大きな資材などが山積みにされており、もう片方は書斎になっていて、大きな机と椅子、本棚があり、本棚からは古代の歴史や機械に関して記述された本が多く見つかりました。また、机の上には何かの報告書が残っていました。どうやら、ゴールはエリスヌル・コンフィダントに密偵を送り込んでいたらしく、これはその密偵からの報告書のようでした。
(報告書1枚目)
現在の組織のトップは2人で、名はヘネトとアルロア。彼等は"悪魔の子"と呼ばれるハーフ・フィーンドで、恐るべきスピードで成長を果たし、その力でエリスヌル・コンフィダントのトップになった。その時点では、彼等"悪魔の子"は3人いたが、最近、3人目のリベルカが離反。組織を抜けて姿をくらました。
彼等がトップになると同時に、組織は輝石の収集を開始したようだ。現在のエリスヌル・コンフィダントの主要な拠点は4つある。幹部は複数いるようだが、どうやらそれぞれの派閥があるらしい。今後は派閥の分かれ方と拠点の場所、さらに輝石の収集状況を調査する。
(報告書2枚目)
あのゼッペスがエリスヌル・コンフィダントに所属していた。彼は輝石の収集を任されているようで、ハート・オヴ・フォレスト入手の際には村を1つ壊滅させている。彼にはシュリエック、ウルファ、ガル、マラックという腕利きの幹部が付いており、組織内で一、二を争う程の大派閥になっている。幹部の4人に関しては、まだ名前しか判明していない。
他に大きな派閥は2つあるようだ。最近、新しい拠点が1つできたようで、そこともう1つの拠点の主がそれぞれ派閥を持っているようだ。今後は派閥の考えや今回は判明させることができなかった拠点の場所を調査する。
(報告書3枚目)
追加情報:どうやらゼッペスに新しい部下が出来た模様。ルエールと呼ばれる女性で強力なクレリックらしい。
報告書を一通り読み終えた一行は、壁に貼られた地図をを確認します。地図には、現在地と思われる丸印がつけられていました。いったいどこに飛ばされたのだろうかとヒヤヒヤしましたが、カロニスの北西70マイル地点にある山脈のふもとでした。もといたフックヒルの街からは300マイルちかくも離れてしまいましたが、目的地に近づいているのでさして問題はありません。このままカロニス→ヴェルナと南下していけば、ゴールに教えてもらった神殿のある小さな町に辿り着けます。
こうして一通りの<捜索>を終えた後、屋敷を出て出発しようとする一行の背中を、ミューが静かに呼び止めます。
ミュー 「みんな、ちょっと待って…」
レイム 「ん? なんだい?」
グレン 「あ、そう言えばミューさん、記憶が戻ったって!」
ミュー 「うん。私の話、聞いてくれる?」
ルイン 「わかった、聞かせてくれ。」
ミュー 「私の本当の名前は、ミュリエール・ハイフォニア。この時代よりずっと昔、戦天城が造られた頃の古代文明時代に住んでいたの。」
ルイン 「えぇっ!?」
レイム 「こ、古代文明時代って…じゃあアンタは過去からやってきたってことなのかい!?」
ミュー 「うん、そう。」
グレン 「ど、どうりで…それなら「戦天城にいたことがある」なんて言い出しもしますね。」
ミュー 「私の母はウィザードで、時空間転移を可能にする呪文の開発を行っていたの。」
グレン 「時空間転移…すごい…ではミューさんは、その呪文でこちらの世界に?」
ミュー 「うん。…過去に遡り、私達の文明が持つ技術を伝承できれば、あの大戦を未然に防げるかもしれない…そう思ったの。」
ルイン 「………………。」
ミュー 「たとえ歴史が変わってしまったとしても…人類が滅んでしまうよりずっといいから。でも…」
グレン 「過去ではなく、未来にやってきてしまった。それもものすごく先の未来に…」
ミュー 「そう…呪文が完成する直前に、地の獣が現れたの。」
グレン 「………………。」
ミュー 「…未完成だろうと、やるしかなかった。結局その呪文が私を運んだ先は、過去ではなくこの時代…遠い未来の世界だった。」
レイム 「ひょっとして、ミューが記憶を失ったのは、その時空間転移とやらのせいなのかい?」
ミュー 「多分そう。この時代に飛んだ時には、私はもう何も覚えていなかったから。」
ルイン 「ミューが私達よりもずっと過去の世界の人間…か。未だに信じられないな。」
グレン 「技術的な文明レベルだけでなく、呪文に関しても、今よりも過去の方がずっと進んでいたんですね。」
ここまで語ると、ミューは俯き、震える声で仲間達に本心を告げようとします。
ミュー 「…私、みんなに謝らなくちゃいけない。」
レイム 「謝る? …いったい何をだい?」
ミュー 「世界が大きく変わってしまったのも、今この世界であいつらが暗躍しているのも、元はと言えば私達のせい。」
グレン 「な、何を言い出すんですか!」
ミュー 「私達の時代が、すべての元凶となるあの戦争を引き起こしてしまったせいなの。」
ルイン 「………………。」
ミュー 「本当は私、ホッとしているの。もしかしたら私達の時代で人類が滅んでいてもおかしくなかった。」
レイム 「………………。」
ミュー 「でも、この未来の世界でも、人はたくましく生きている。」
グレン 「………………。」
ミュー 「だから…今度こそ守りたいの。ここは私が本来いるべき世界じゃないけれど、私達が犯した過ちの上にできた世界だから…」
レイム 「ミュー…」
ミュー 「だから私…まだみんなの仲間でいたい…みんなと一緒に、この世界のために…」
ミューの頬を一筋の涙が伝いました。そして訪れたしばしの沈黙の後、耐え切れなくなったレイムが、強い語気で独り言のように言い放ちます。
レイム 「ああ、もう! アタイにゃアンタが何を言ってるのかサッパリだよ!」
ミュー 「ッ!?」
これからも仲間として繋がっていたいから…だからこそ自分の過去を、すべてを語り、涙を流しながら謝罪しているミュー。そんな彼女に対して、レイムが突然、溜め息混じりにそう言い放ちました。ミューの全身が強張ります。しかし…
レイム 「じゃあ、今組織のやつらが世界を好き勝手しようとしてるのも、アタイの森がゼッペスに焼かれたのも、全部アンタのせいなのかい!?」
ミュー 「………うん。」
レイム 「バカだねぇ、アンタは! 全然違うよ!」
ミュー 「…えっ?」
レイム 「昔何があったかなんて言い訳にもならない、やつらがやってることは全部やつら自身のせい。アンタが責任感じてやることなんてないよ。」
ミュー 「でも、そもそも私達の時代で戦争なんかが起きなければ、輝石も造られはしなかったし…」
グレン 「ミューさん。それを言い出したら、そもそも人類がこの世に生まれてこなければよかったということになりませんか?」
ミュー 「グレン…」
レイム 「アンタは何も悪くないさ。仮に全ての原因が過去の戦争にあったとしても、それはミューひとりの責任じゃない。そうだろ?」
ミュー 「レイム…」
ルイン 「はははっ、みんなミューが大好きだということだ。だからミューも、いつまでもそんな細かいことでメソメソするな。」
ミュー 「細か…いことじゃないと思うけど…」
ルイン 「過去の誰かの過ちなど些細なことだろう。…本当に大事なのは、過ちに気付いた後、自分が何をするかだ。」
ミュー 「自分が…何をするか…」
ルイン 「ミューは自分の居た世界でないにもかかわらず、責任を感じて人々のために戦おうとしている。そのことが私にはとてもうれしいよ。」
ミュー 「ルイン…」
ルイン 「そんなミューをその程度の理由で見限ったりするものか。たとえ全てが終わり、ミューが元の世界に帰ったとしても、私達はずっと仲間だ。」
レイム 「そうそう。…だいたいアンタも、アタイ達なら仲間でいてくれるって思ったから話したんだろ?」
グレン 「だとしたら、お察しの通りですよ。共に死線を潜り抜けた絆というやつです。」
ミュー 「みんな…」
レイム 「へぇー、そこまで言うんなら、今後は突然いなくなったりってことはしなくなるんだよねぇ?」
グレン 「っぐ、それはっ!」
ルイン 「昔から、「男に二言はない」と言うからな。グレン殿も自分の言動には責任を持ってだな…」
グレン 「ちょ、ちょっと!! どうして気付けば私が説教されてるんです!!」
全員 「ははははは!!」
温かい笑い声が部屋中に広がりました。気付けばもう夜も明けており、窓から眩いばかりの朝日が差し込んできます。新たな門出を祝福してくれるかのような太陽の光に包まれ、一行は改めて、目の前の小さな仲間の顔を見つめます。
ルイン 「ミュー。この先何があろうとも、私達はお前の仲間だ。決してお前を裏切ったりはしない。」
レイム 「辛かったらいつでも言いな。4人で持てば、なんだって軽くなるもんさ。」
グレン 「改めて、よろしくお願いします。頼りにしてますよ?」
少女は右手で顔をゴシゴシとこすった後、朝日に負けないほどに輝く笑顔で、彼女達の言葉に応えました。
ミュー 「みんな、ありがとう。」